週刊「7つの週刊」日本元気化計画 元気には原則があった!
ここが変わった『完訳 7つの習慣』竹村富士徳

世界で3,000万部も出ている『7つの習慣 成功には原則があった!』ですが、スティーブン・R・コヴィー博士没後1年を期に新たに訳し直され、『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』として生まれ変わりました。満を持した17年目の決断の裏には何があったのか? その秘話を、今回の新訳プロジェクト統括責任者である竹村富士徳氏に伺いしました。


フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社副社長
竹村富士徳

●なだらかな水面から激流の時代へ

 2年ほど前J-Waveに出演した際、「今アマゾンのランキングで異変が起こっているが、その理由は何だと思いますか」というDJの質問を受けました。『7つの習慣』を含め、デール・カーネギーや松下幸之助など、クラシック本のランキングが高く、その代表として「お越しいただいた」ということのようでした。私はその話を聞いたとき最初に思い浮かべたのが、研修の中で紹介している「激流」と呼ばれている2枚の絵─「なだらかな水面」と「激流」のシーンでした。
 なだらかな水面では、コックスのかけ声の下全員が一丸となって漕ぐレガッタの方が速く効率的ですが、激流の中では一人ひとり判断して最適な動きをするラフティングの方が転覆せず速く移動できます。現代はまさに激流の時代であり、一人ひとりが正しく判断でするための変わらない軸─原理原則が求められている時代と思うのです。
 コヴィー博士は、今回の『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』に収録した「はじめに」の中で、「時代が変われば『7つの習慣』も変わるのか」という問いに対して、「これは原理原則なので、時代が変わるからこそ、逆に変わらない軸となり支えとなっていく」と答えています。激流の時代になればなるほど、変わらない軸を説いた『7つの習慣』が受け入れられ、アマゾンランキングに反映しているのではないかと答えたことを覚えています。
 変わらない軸は何かと考える際、世界中、特に日本に与えた大きな変化としてリーマンショックの影響を思い出す必要があります。リーマンショックによって、アメリカ経済の崩壊が日本に伝わると同時に、戦後欧米に追いつき追い越せを続けてきた日本が、そもそもそれが正しかったのかという反省につながりました。さらに、3.11を境にして日本人の価値観が変わり、本当に大切なことは何かということを考え始めている時代になったと思います。
 我々はそのような激流の中にいるのであり、それによって変わらない軸を求め、そして本当に大切なことは一体何かを考える時代に生きています。私たちは、本当に人として大切にしていくべきことは何かを、一度立ち止まって考えなければならない時期にいるからこそ、変わらない軸を求めていると思うのです。

●激流の時代だからこそ人格主義が求められている

 コヴィー博士は『7つの習慣』執筆のために、米国建国後200年間の文献調査を行い、直近の50年間は個性主義、最初の150年間は人格主義に基づいていると言われています。しかし、「7つの習慣」に従っているという方々に会うと、どちらかというと個性主義的に「7つの習慣」を捉えておられます。「7つの習慣」をテクニックとして、「Win-Winを考えたら、主体性を発揮したら、ミッション・ステートメント書いたら、傾聴したら成功できる」みたいな感じなのです。また、「7つの習慣」を知らない方々が増えていること、知ろうとしている方々も挫折していること、知っている方の中でもコヴィー博士の意図がなかなか伝わっていない、ということを感じていました。
 こうしたことに対して、私たちができる貢献は何かを考えました。その結果、私たちはコヴィー博士が伝えようとしたメッセージを、今一度この日本、世界に、新しい価値として提供しなければならないのではないかと思ったのです。3年ほど前から新訳プロジェクトの検討を始め、翻訳に着手したのが1年前です。過去10年間だけでなく、将来の10年にわたっても最大の『7つの習慣』プロモーションになるという意気込みで取り組みました。
 この取り組みが、『完訳 7つの習慣』刊行に際して、著名な方々へのインタビューの中で間違いではなかったことを確認できました。「副題が今までオリジナルのものではなかった」ことをお伝えしたことに対する反応です。それは「人格主義の回復」ですとお話しすると、皆さん「なるほど!」とうなられます。これは今の時代に合っていると確信しました。人格主義こそコヴィー博士本来の意図であり、「人格主義の回復」というミッションに基づいて、『完訳 7つの習慣』を出すということは非常に大きな意味があると考えています。

●コヴィー博士の想いを伝えていく

 今回やりたかったことは、『7つの習慣』というブランドの浸透より、コヴィー博士をブランドとして確立することで、博士の想いをより多くの方に伝えることです。というのは、米国ではピーター・ドラッカーとスティーブン・R・コヴィー博士の知名度はあまり変わらないのですが、残念ながら日本での知名度には大きな差があります。たとえば、どこかのレストランに入って、ドラッカーの名前を知っている方はと聞いたらほとんどの方の手が上がるでしょう。一方、コヴィー博士の名前あるいは『7つの習慣』はと聞いたら、6割前後の手が上がる程度ではないでしょうか。
 ですから、コヴィー博士の名前をきちんと伝えていくと同時に、『7つの習慣』を知っていただく必要があると常々考えていました。訳し直すに当たって、コヴィー博士が本当に思っている「7つの習慣」、その背後にある博士の哲学や思想が伝わるよう心がけました。
『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』は、今まで読まれた方も、これから読まれる方も、本当の意味で私たちが効果的な生き方をしていくために、一体何が大切なのかを学ぶことができる本です。何かを変えたいと思うのであれば、インサイド・アウトから始め、まず自分の人格を練り直していくところから始めなければなりません。
 それはまさに、英国の作家ミュエル・スマイルズの「思いの種を蒔き、行動を刈り取る。行動の種を蒔き、習慣を刈り取る。習慣の種を蒔き、人格を刈り取る。人格の種を蒔き、人生を刈り取る」ことであり、「7つの習慣」を実践することに他なりません。『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』は、途中で挫折することなく「7つの習慣」を実践する伴走者でありガイドになると思います。

●さらに多くの人に実践していただくために

 日本で『7つの習慣』はベストセラーとして紹介されていますが、私はまだまだ伸びると考えています。日本では168万部を超えたのですが、世界では3,000万部も発行されています。日本の人口の約半分の韓国でも200万部を超えており、日本で言えば400万部に相当します。こうした点を考えると、日本で『7つの習慣』の知名度が高くとも、まだ本当の意味では浸透していないと思うのです。
ま た、私は研修の最初に、『7つの習慣』を読まれた方やタイトルを知っている方を尋ねるのですが、だんだん少なくなっていると感じています。『7つの習慣』は常にアマゾンランキング上位に入っているのですが、目の前の読者はそんなに増えていないという実感がありました。また、ビジネス本として100万部を超え、毎年何万部も出ているにもかかわらず、読みづらい、途中で挫折したという声も気になっていました。
 これから10年、20年先の何百万人という読者、今日生まれた赤ちゃんが20年後に『7つの習慣』を手に取るような未来を考えていくと、180万部(2013年12月現在)はまだごく一部だと思っています。そんな先の展開を考えると、現行訳のままではなく、本来のコヴィー博士の想いを前面に出すと同時に、よりわかりやくすることで「7つの習慣」の実践が途中で挫折しないようにすることが必要と考えた訳です。
 なお、今までの訳に慣れ親しんでいる方からの戸惑いや反発もあるかもしれませんが、翻訳プロセスの中で、実際の翻訳者だけではなく、研修はもちろん、各種サービスやソリューションに携わっておられる方々にご参加いただき、叱咤激励、要望、クレームなどを参考にして翻訳をブラッシュアップしていきました。いろいろなご意見をいただいた上で翻訳しましたので、様々な意見に対してきちんと説明でき、どのような方にとってもベターだと感じいただけるものと確信しています。そうでなければ、わざわざリスクを冒してまでは新たに訳し直しません。そこまで確信できたので、満を持して皆さんにお届けしました。

●原著に忠実にかつ老若男女にもわかりやすい翻訳

 新たに翻訳し直す際の基準は、とにかく原書に忠実ということです。とは言いながら読者は日本人ですから、日本語としてわかりやすいことが大前提となります。この2つを軸に、習慣名も含めて聖域は持たずに完全にゼロベースで、コヴィー博士が本当に伝えたいことが伝わる訳になるよう徹しました。その際、現行訳、意訳、直訳を総合的に検討した上で、最善な訳を選択することを指針としました。ですから、巡り巡って現行訳が最適ということであれば、それを生かしました。
 もう一つの指針として、現行版はセミナーも同時に翻訳した結果、ビジネス・パーソンを意識して翻訳され、それはサブタイトル「成功には原則があった!」にも反映されていますので、今回はより幅広い読者にも理解できるわかりやすい訳を心がけました。
私たちは、「7つの習慣」を子ども向けに展開した『7つの習慣ティーンズ』やより一般読者向けに展開した『まんがと図解でわかる7つの習慣』など、かなりプロダクトラインも増え、多岐にわたって『7つの習慣』を紹介しています。そういう点でも、老若男女すべての日本国民が親しめる『7つの習慣』になるよう意識しました。

●コヴィー博士の意図を生かした習慣名などに変更

 さて、どこが変わったのか、多分一番気になるのは習慣名も含めた「成長の連続体」と呼ばれている重要語句だと思います。まず、「7つの習慣」の目的も含めて注目すべきは、成長の連続体の中の3つの段階です。依存状態から自立状態、自立状態から相互依存状態という日本語です。原著では、「Dependence」「Independence」「Interdependence」です。
 「Dependence」と「Independence」は、日本語で言うところの「依存」と「自立」にぴったり合いますが、「Interdependence」の訳は非常に難しかった。「相互依存」という訳について、読者から「依存という言葉が入っている以上、ニュアンス的にはネガティブな感じがする」と指摘されていました。別の訳はできないかと考えましたが、さまざまな検証の結果、「相互依存」以上の訳を創造することは難しいとの結論になり、現行訳を踏襲しました。
 そして原著では、依存状態が自立状態に向かっていくことを「Private Victory」、それから自立状態が相互依存状態になることを「Public Victory」と呼んでいます。現行訳では「Victory」を「成功」と訳しており、ここも先ほどの基準に基づいてさまざまな角度で検証した結果、「私的成功」と「公的成功」がコヴィー博士の想いに一番近いと考え、現行訳を踏襲しています。
 コヴィー博士本来の意図を伝えるために、習慣名も2つを除いて変えました。まず第1の習慣「主体性を発揮する」はわかりやすい日本語だとは思いますが、原著の「Be Proactive」の「Be=なる」というニュアンスを生かして、「主体的である」と訳し直しました。
 第2の習慣「目的を持って始める」は、妙訳ですが違和感がありました。この10年間の中で、手段と目的や目的と目標の違いが、コンテンツ的にいろいろクローズアップされており、「目的を持って始める」という訳は「Begin with the End in Mind」と違った捉え方をされてしまいかねません。特に原著の「End」、コヴィー博士が伝えたかったことは「終わり」です。その意図を汲んで「終わりを思い描くことから始める」に変更しました。
 第3の習慣「重要事項を優先する」は、ビジネスの中においては妙訳でした。原著では「Put First Things First」で、直訳すると「第一のものを第一に置く」というニュアンスです。原著の「First Things」と後の「First」、「First/First」という言葉に込められた思いは、「最優先」あるいは「最も大切にしていかなければならないこと」になります。ここは最後の最後まで結論を持ち越しましたが、最終的には「最優先事項を優先する」としました。ただ、読者の中には「最優先事項を優先する」と聞くと「?」となるかもしれませんが、ネイティブにも確認したところ「Put First Things First」も初めて聞くとやはり「?」という感じだそうです(笑)。そんな勘所も表現できたのでは思っています。
 第4の習慣「Win-Winを考える」は変わりません。第5の習慣「理解してから理解される」はシンプルで覚えやいのですが、原著では「Seek First to Understand, Then to be Understood」であり、最初の「Seek」が表現されていませんでした。「Seek」の「求めていく」、「Seek First」の「まずあなたから求めていきなさい」というニュアンスを出して、「まず理解に徹し、そして理解される」としました。
第6の習慣「相乗効果を発揮する」ですが、現在は原著の「シナジー」という言葉もかなり使われるようになっています。これは時代の変化だと思います。どちらを選択するか考えたのですが、これから5年10年と通用するには、「相乗効果」という四字熟語ではなく「シナジー」が一般的になるだろうということで変更しました。そして現行訳では「発揮する」としていますが、原文では「今生み出す」というニュアンスがありますので、「シナジーを創り出す」に改めました。
 第7の習慣「刃を研ぐ」ですが、これはいろいろな方にお伺いすると一番覚えている習慣名であり、原文の「Sharpen the Saw」は現行訳の「刃を研ぐ」を変える必要はないのでそのままにしました。

●これから読まれる読者は『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』

 一般的に外国の本を翻訳する際、翻訳家はかなり意訳します。たとえば旧訳の『7つの習慣 成功には原則があった!』中の見出しは全部意訳です。それは間違っているということではなくて、当時、それがわかりやすかったからです。前述したように、現行訳はビジネスにフォーカスしていましたが、今回は日本人にとってかりやすく、そして原書に忠実を優先して訳し直しました。
 最初からなぜそうしなかったのかという疑問に対しては、当時のビジネス・パーソンに対して「7つの習慣」を最もわかりやすく訳したからとお答えするほかありません。それは一つの功績であり、実際に168万の方々に読まれていきた訳です。つまり、旧訳『7つの習慣』は、日本に紹介したという役割は終わったと考えています。ただ、旧訳のファンの方々もおられますから、ご要望がある限りは『7つの習慣 成功には原則があった!』も出していきます。
 『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』は、今まで読んだ方、これから読む方に向けて、原書に忠実という観点からコヴィー博士の最も伝えたいことを新たに訳し直しました。どれを読んだらいいかと問われたら、当然、英語がわかるのであれば原書を読んでくださいとお答えします。しかし、英語がおわかりにならないということであったら、満を持して発刊した今回の『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』をお読みくださいとお答えします。今まで読んだ方であっても、必ず新しい発見があると思います。
 追加情報ですが、今回の完訳版では、コヴィー博士が残した前書き、後書き、今まで翻訳しなかった記事も掲載しました。当時、多分掲載してもわからないだろうという時代的背景があり省略したものですが、新訳に当たって前訳者のジェームス氏や川西氏も「今だったら入れてもいいのでは」ということもあり追加しました。また、インデックスも今回掲載しています。そういう意味では訳の変更だけではなく、本当の意味での完全な『7つの習慣』になったと確信しています。
 新たに訳し直した『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』を紐解き、クレッシェンドな人生送っていただければ望外の喜びです。(談)